少しでも痛みが和らぐように。
自己満足でも。
今日、インターネットニュースで高一女子の自殺の記事を読みました。
こういう話題、久々に聞くなぁ、
可哀想になぁ、
怖かっただろうになぁ、
辛かったんだろうなぁ、
誰も助けてくれなかったんだろうなぁ、
10行もないほどの短い記事でしたが、記事を読み進めて、
読み終わって、
また最初から読んで、
そうしているうちに色々な感情が頭の中を廻って、
無意識のうちに顔を押さえて泣いていました。
私にこの子の何がわかるんだ。
やめろ、偽善者め。
くそやろう…助けてやれなかったくせに。
何も知らずに、私は笑ってたくせに。
ああ、もうなんて理不尽なんだ。
私はこんなにも幸せなのに。
どうしてなんだよ。
机に頭を突っ伏して涙で額までぐちゃぐちゃにしている途中、
私は何度も私を罵りました。
涙よとまれ、と何度も頭の中で唱えました。
鼻をすすって、嗚咽を噛み殺しても涙は止まりませんでした。
理不尽だ。理不尽だ。
どうして誰も助けてやれなかった。
助けてあげなかった。
痛かっただろうに。
怖かっただろうに。
充分に耐えただろうに。
私は彼女の名前さえ知らない。
泣く権利なんてどこにもないのに。
涙が止まらなかったのです。
きっと昔の私なら、そうか、辛かったんだな、可哀想だな、
そのくらいの気持ちですぐにその記事を閉じたのでしょう。
でも今の私は、生きている楽しさを、
幸せを知ってしまった。
私には友達が少ないです。
幸せってなんだろう。
そう考えることも多々あります。
それでも毎日が満たされていて、
お金も、愛も、しみじみ感じられるような量はありません。
それでも生きていれば小さな幸せが積み重なって、
しんどいこともすぐに忘れられるんだと思えたのです。
それを年の近い同じ人間が、
どうして私と同じように感じられないのだろう。
死にたくなるほどの苦痛って、幸せな人にはわからないのです。
なのに、
死んでしまうほどの苦痛って、
どんなのなんだろう。
ただ耐えられなくて、
もうなりふり構っていられなくて、
もう全てがどうでもよくて、
ただただ、悲しいんだろうなぁ…
悲しいことですが、いじめだとか、言葉の暴力だとか、人を傷つける行為は、
私たちのような人を死に追い詰める行為は、
なくなりません。
少なくなったりも、多分しません。
私達は逃げるすべも持っていません。
人を助ける勇気も、足りません。
どうすればいいんだろう。
その答えは多分、80年や90年の人生の中では出ないと思います。
私たちに出来ることは、
身近な人を支えること、
助けること。
ただ話を聞いてあげてください。
話を聞いた後は、笑顔で接してあげてください。
その人が泣いているときは、
一緒に泣いてあげてください。
そしてその人を頼ってあげてください。
「私もね、」と打ち明けてあげてください。
できることなら、貴方の温もりを毎日少しずつあげてください。
一瞬、手を握るだけでいいのです。
一瞬、肩を寄せるだけでいいのです。
一瞬、抱きしめてあげるだけでいいのです。
お願いですから
長い人生の少しだけを見ただけで、もういいやって諦めないでください。
辛いことがあっても、支えてくれる人がいなくても、
もう少し踏ん張ってみよう、って、思ってみてください。
辛くなったら逃げてください。
でも生きることからは逃げないで下さい。
私は貴方の何も知りません。
でも貴方の話を聞くことは出来ます。
お願いします。